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三遊亭圓歌の死

三遊亭圓歌の訃報を知る。またひとり、好きな芸人が逝ってしまった。

 

磊落で、飄々として人を食ったようで、話芸だけでなく素の圓歌そのものが面白いといった感じの人だった。新作を得意としていて、「中沢家の人々」「浪曲社長」など名作がいくつもあった。私は「浪曲社長」が特に好きだったので、何度も何度も繰り返し聴いていたっけ。これは、社長と新入社員がトンチンカンな問答を繰り広げるという趣向の話で、色々なタイプのトボけた新入社員が入れ替わり立ち替わり登場していき、最後には何と、虎造節で話す男が出てくるというお話し。声も節も虎造そっくりで、何気ない質問にも浪花節で返すのだから大げさで、地元のことを尋ねられれば国定忠治が出てくるくらいなものだから、それはもう面白いの面白くないの。

 

圓歌の人となりについては、本人の芸からうかがえる所もあるのだけれど、それと同じぐらい、立川談志の言葉で印象に残っている。私は談志が大好きで、「ひとり会」や「談志百席」など、手に入るCDを片っ端から聴き漁っていたのだが、談志は芸人論をぶつことが度々あるので、昔の芸人のゴシップやら同時代評なんかを結構ここで刷り込まれている。その中で、談志とほぼ同世代にあたる圓歌のことも、何度も耳にした。

 

こんなエピソードを聞いた。ある時、談志・志ん朝圓歌の三人の会があった。だが、志ん朝は途中で来られなくなってしまい、その会は談志と圓歌のふたり会になった。客は、圓歌が休めば談志・志ん朝のふたり会になったのにと、志ん朝を聴けなかったことを残念がったという。談志・志ん朝と比べたら……ということかも知れないが、これを聞くに、圓歌という人は玄人好みするタイプの芸人ではなかったようである。どちらかと言えば大衆寄りであり、それは、爆笑王と呼ばれていた林家三平と良く一緒にテレビに出ていたことからもうかがえる。ただ、三平の方では圓歌を格下にみていて、一緒に扱われるのを嫌がっていたという話も聞いた。

 

どうも、客からも芸人からも、あまり良い扱いを受けていないような気がするのは、気のせいだろうか。そういうキャラクターだから、洒落でそういう扱いになっているに過ぎないのだろうか。本人は飄然としていて、何を言われてもどこ吹く風でいる。けれども、もともとは吃音がひどく、吃りを克服するために噺家になったという話だとか、中年を過ぎてから出家して日蓮宗の僧侶になった話だとかを思い合わせると、どこか闇を感じてしまう。

 

もっとも、吃音とか出家とかいう圓歌の話が本当かどうかは分からない。三代目圓歌を襲名する前の高座名「歌奴」に因んで「ウソ奴」と呼ばれるくらい、平気でウソをつく人だったらしいので、あまり本気に受け取ってはいけないのかも知れない。忖度は無粋だろう。不思議な人だな、と思う。

 

それでも、面白さは誰が見ても格別だったようで、とにかくどこへ行っても圓歌はウケたという。談志や志ん朝がウケないような客であっても、圓歌だけは笑いをとっていたとか。こういう所は、理屈っぽい談志よりもずっと格好良い。圓歌には、他の噺家にはない安心感や安定感があったのだと思う。

 

芸も人も個性的で、何とも言えない慕わしさを感じる芸人だった。「浪曲社長」「中沢家の人々」など、また聴き返してみようと思います。