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ツイッターを見る

日記

ツイレディと呼ばれる、男尊女卑の社会を変えようとする人たちのツイートを最近よく見ている。Twitterのアカウントは無いのだけれど、読むだけならブラウザから出来るので、何人かをブックマークしてツイートやバトルをチェックしているのだ。結構汚い言葉も使われていたりするのだけれど、言いたいことは伝わるので、男女のことについて考えるきっかけになっている。ツイレディがなぜこんなことを言うのか、志を熱く語る人もいたりもするので、そういうのも好きだ。

 

小学校の頃に、素朴な疑問を抱いたことがある。「男女」という言葉を使う時に、なぜ男が先で女が後なのだろう。「女男」と言ってはダメなのだろうか。或る時、学校の授業で、祖父母のところに手紙を書くという課題をやったのを覚えている。その時に、私はおばあちゃんびいきだったので、手紙の出だしの言葉に「おばあちゃんおじいちゃんお元気ですか」と書いた。うちは祖父も父も大人しい人で、家で威張り散らすことも無かったものだから、男女の序列がこうでないといけないとは思わなかったからだ。しかし、これは周りからおかしいと言われてしまった。慣習と違うのは分かるけれど、自分にとってはおばあちゃん優先だからおばあちゃんを先に書きたいので、それがなぜ自然に通らないのだろうかと、何となくモヤモヤが残った。

 

小学生の頃は結構こんな感覚があって、特に女子に肩入れする気はなかったけれども、男子が女子に乱暴な口を利いたりするのは苦々しく見ていた。中学生以降は、平気で下品なことを大声で喋る連中とか、大して早熟でもない癖に自分を大きく見せようとして女の話を捻じ込んでくるような奴なんかが、大嫌いだった。

 

ツイッター上の罵り合いとか、ネット上の書き込みとか、目に余る女叩きはとても多いけれど、あれはどこまで本気なのだろう。ネット上だと生身の人間が見えず、罪悪感なく攻撃出来てしまうものだから、何か別の不満をそこにぶつけているだけの人もいるような気がするな。どちらかと言えば、ナチュラルに相手を見下しているような世渡り上手の方が怖い。得てしてそういう人は、あからさまな尻尾は出さないので、上手く出世していたり、人事権を持っていたりする。ナチュラルな差別は気付きづらいものだから、食い止めるのも難しいと思う。