読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ヒュー・ロフティング『ドリトル先生アフリカゆき』

読書

 

ドリトル先生アフリカゆき (岩波少年文庫 (021))

ドリトル先生アフリカゆき (岩波少年文庫 (021))

 

 

病気の猿を助けるためにアフリカへと旅立った、ドリトル先生と仲間の動物たちとの冒険の始末を描いた物語です。 

 

風変りというかなんというか、ひと癖もふた癖もある不思議な作品でした。常識をもって読もうとすると、キャラクターの意外な言動に意表を突かれたり、思いもつかないような表現に出くわして、面喰わせられることしばしばです。挿絵も、上手いのかそうでないのか良くわからない、でもずっと見てると味が出てくるような、何とも言えない趣があります。この作品は、あまり深く考えずに読み、ロフティングの世界をありのままに楽しむのが良いのでしょう。

 

ドリトル先生は謎多き人です。動物が大好きで、動物からの人望が非常に厚い人だという以外は、いまいちどんな人かわかりません。一見したところ、動物好きな好々爺という印象もあります。ところが、獣医をしていながら、可哀想な猿を見つけると拳をちらつかせて飼い主から猿を強奪するという、冷静に考えたら凄まじいことをやっていたりします。案外、武闘派な所があるのですよね。もともと妹と同居していたのですが、妹が嫌がるのを無視して動物道楽に没頭、その結果、怒った妹は家を出て嫁に行ってしまいます。奥さんが愛想をつかして実家に帰るというのは良く聞く話ですが、妹が愛想をつかして嫁に行くというのは余り聞きません。しかも妹は老女と言ってよいぐらいの年齢、放っておいて良いものなのかどうか。とにかくドリトル先生、肉親やお金には無頓着で、浮世離れした人です。

 

先生が引率する動物たちもまた個性的です。豚のガブガブなんかは、非常にクレイジーですね。イギリス文学だと、ブタは賢い動物のイメージがありますが、ガブガブは食いしん坊の怠け者です。しかも、非常に口が悪い。アフリカからの帰りの船旅で、犬のジップが嗅覚を使って人探しをしようとするシーンがありますが、この時にガブガブが、まあジップを煽ること煽ること。「きみは、しゃべってるだけじゃないか。何か役に立つこと、したかね? ワシに見つからない男が、きみに見つかったかね? 見つけてきやしないじゃないか」「きみのよたを、さらけ出したね。海のまん中にいて、においで人をさがすなんて、そんなあほらしい前例があったかね? きみは何もできないんだ」等々……。せっかく人助けを買って出たにも関わらず、外野からのまさかの煽りにジップも激怒。「トンカツの生きたの」というユニークな暴言で応酬するのでした。

  

不安になるような危なっかしい表現が多かったのも、印象的でした。アフリカに上陸したドリトル先生一行が、現地の王様の迫害を受け、森の中を逃げてゆく場面があります。その時、追撃を指揮する王様の隊長は長い耳をした人だったのですが、その隊長の耳が木に引っかかって、動けなくなってしまいました。耳がひっかかって動けなくなる状況がそもそも妙で、枝が耳に刺さって穴でも空いてそうで、実におぞましい状況だと感じます。逃げるドリトル先生の前には崖があり、そこで万事休すかと思いきや、猿たちが助けに現れます。猿たちは手をつないで崖から崖をつなぎ、「サルの橋」を作って一行を渡してくれます。これでドリトル先生たちは救われるのですが、この「サルの橋」、挿絵を見ると、これを渡ったの?と不安になるほど危なっかしいもので、サルたちが細い腕をつないでぶら下がっているだけの、とても動物たちの体重はとても支えられそうにない、むしろ猿たちの腕が千切れてしまいそうな頼りない橋でした。しかし、ドリトル先生の世界は、こういう調子でお構いなしにどんどん進んで行くのでした。

 

ことほど左様に、ロフティングの世界は独特な所があって、この点が物語の面白さだと思うのですが、他方、ドリトル先生と動物との関係性については、また別の意味で面白さがあると思いました。

 

ドリトル先生は動物が好きで、動物からも大変に慕われています。しかし、先生と動物たちとの関係を見ていると、ドリトル先生が獣医という立場から動物を大事にしているのとは、ちょっと違うのですよね。勿論、先生が獣医として病気を治すこともするのですが、それ以外の所ではむしろ、ドリトル先生の方が動物たちに大事にされていると言った方が良いくらいなのです。アフリカの王から逃げるときや、船が沈みそうになった時など、先生は度々ピンチに陥るのですが、いつも動物たちによって助けられています。そして、生活能力の乏しい先生は、動物たちによって、家計をやりくりすることまで助けてもらっています。

 

そういうドリトル先生と動物たちとの関係性の中で、オシツオサレツの存在は際立っているように思います。オシツオサレツは、この世に滅多にいない珍しい双頭の動物なのですが、ドリトル先生一行は、このオシツオサレツを見世物にして生活費を稼ごうとします。オシツオサレツは、人前に出るのが嫌いな恥ずかしがり屋です。それを知りつつ、オシツオサレツを見世物にして金儲けしようというのはひどいのではないか、と思うのですが、オシツオサレツの方でも、先生が好きだから助けたいという気持ちがあり、嫌になったら辞めるという条件付きで、見世物になることを受け入れます。そうして行われた珍獣オシツオサレツのお披露目は大成功し、各地のサーカス団からオシツオサレツを譲ってくれないかという願いが殺到するほどで、ドリトル先生は大金持ちになりました。先生は動物を愛すると言っても、動物を弱いものとみなして一方的に養育したり愛玩したりするのではありません。動物を助けもするけど、困ったら動物に頼りもするし、動物に助けてもらいもします。お互いに尊重しあい、人間と動物とでモチツモタレツの関係を築いていける所が、ドリトル先生の魅力であり、動物から愛される所以なのかなと思いました。