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森絵都『つきのふね』

読書

 

つきのふね (角川文庫)

つきのふね (角川文庫)

 

 

万引き少女のさくらと梨利、間を取り持つ勝田くん、それに心を病んだ青年・智さんの4人の若者が、それぞれの苦しみを抱えながらも、互いに協力して成長していこうとする物語です。

 

面白くて夢中で読み切ってしまいました。そして、読み終わった後は色々と思うところが出てきました。賛否両論さまざまにあるかもしれませんが、何か一言言わずにはいられなくなる、巻き込まれるようなエネルギーのある作品でした。

 

まず、主人公のさくらと梨利が万引き少女である点について。万引きグループのターゲットは、カメラのフィルムやマニキュアに始まり、電化製品などの窃盗にも及んでおり、被害総額はかなりのものになると思われます。動機は、クラスで幅を利かせているグループに入っていたいとか、刺激が欲しいとか、中学生らしいものです。しかし、万引きされた店の店長が、自分も後ろめたいことをしているのだと言う論理で、なぜか主人公を不問にしてしまい、その後も罪について振り返ることなく、仲間や友達を助けることばかりに執心しているのは、さすがに都合が良すぎるのではないか?と思えました。

 

あたしたちへの報酬などはせこいものだった。有名ブランドのリップやマニキュア、美容液、カメラのフィルム、などをつめこんだ紙袋を渡して、見返りはひとり二、三千円。大物ねらいのみんなは歩合制だったけど、それでも収入はせいぜい盗んだ総額の五パーセント。リスクが高いわりに見入りの少ない仕事だったものの、文句を言い出せるムードではなかった。

 

この感覚が、ちょっと理解しがたかったです。中学生で有名ブランドというのも豪勢な話だし、二、三千円というのも中学生にしてはそこそこ大金なのではと思えてしまうのですが、如何なものでしょう。これで「見入りの少ない仕事」と言うなら、実入りの多い仕事とはどんなものなのだろう……。

 

一周廻って、自分と違いすぎるが故に却って同情的な気持ちになってしまう一方で、もう一周廻って、余りにも身勝手な犯罪者の論理に呆れた気持ちにもなってしまいます。さくらと梨利はとても感受性が強くて傷つきやすく、他の子達と同じようにはやっていけない苦しみを抱えているのは分かります。クラスで威張れるグループに入っていたいと言うのも、中学生ならば死活問題なのでしょう。頑是ない子供であるが故に犯してしまった罪だから、そう厳しく問えない面はあると思います。とは言え、詰まる所犯罪は犯罪です。犯罪に手を染めることにより、高価な化粧品やらお小遣いやらを見返りとして得ていたり、学校でも威張っていられるポジションにいたりと、2人はたっぷりと利潤や特権を得ていました。それが、捕まったとなると、今度はまるで被害者であるかのようになり、仲間内の「裏切った」「傷ついた」の話に向かっていってしまうのは、どう考えても辻褄が合いません。家庭に大きな問題がある訳でも無さそうだし、親友もいて、下僕のような勝田くんという存在もいて、親友同士喧嘩した後にはすぐに智さんという兄のような存在も出来るくらいなので、そこまで深刻に居場所がないようにも見えないのです。

 

繊細な心の問題に出来るならば、犯罪も、イジメも、情状酌量の余地ありとみなされてしまうのだろうか。何の償いもしていないのに加害者は被害者から赦され、そのまま罪を意識することなく加害者の仲間同士での救済が美談になるというのは、主人公が中学生の女の子じゃなかったとしたら、犯罪の内容が違ったものだったとしたら、結構問題になるのではないかと思うのです。「オレから見りゃおまえたちみんな、自分のことばっかきにしすぎてんだよ」という勝田くんでも、考えているのは仲間のことだけ、色々やりたい放題やったけれども最後は仲間が救われて大団円、というのは、余りにも危険な気がするのです。仲間同士での助け合い・支え合いの精神は美しいと思いますが、ここまで罪悪感ってないものなのか?とちょっと怖くなりました。中学生の生身の視点に寄り添おうとするならば、そうならざるを得ないのかもしれない。しかし、主犯格の男たちが警察に捕まることで罪は償われ、万引きの被害に遭った店の人達、売春斡旋で売られていった子たちの事は、視界に入ることさえないと言う……。

 

むしろこの物語は、悪漢小説みたいな感覚で読んだ方がいいのかな?と思ったりしました。さくらも勝田くんも不良グループのメンバーも、みんな早熟で頭が良すぎるなと、思ってました。

 

 

そして、主人公たちの抱える苦悩について。

 

あたしはちゃんとした高校生になれるのかな。

ちゃんとした大人になれるのかな。

ちゃんと生きていけるのかな。

未来なんか、来なきゃいいのに――。

 

梨利の苦悩はこういう漠然としたもので、智さんの苦悩も、同じようにはっきりとは形が見えないものです。形がないだけに、こうすればこうなるという処方箋もなく、病的な苦悩だと自分で認めることすら困難な状況です。この物語は、こういう目に見えない病魔に対して、現実的に生きていくためにはどうしたら良いのかを、仲間と共に考えてゆく物語です。

 

梨利を救ったのは、親友であるさくらの言葉であり、智さんを救ったのも、オーストリアにいる智さんの親友の言葉でした。これは、とても現実的な答えなのだろうと思いました。梨利にしろ智さんにしろ、人間関係のつまづきが病のきっかけでしたが、社会との繋がりを断って孤独に沈み込んでしまうことで、状況は益々悪い方へ向かってしまいました。梨利の罪はどんどんエスカレートして売春斡旋まで至ってしまうし、智さんは自分の世界に浸り込んで周りが見えなくなってしまう。「自分だけがひとりだと思うなよ!」と苦言を呈した勝田くんの言葉どおり、自分が孤独だという感覚こそが最も危険な病根です。

 

色川武大のエッセイで読んだことなのですが、色川は少年時代に敗戦を経験していたものの、敗ける時はみんな一緒に敗けるのでそれ程怖くなく、仲間はずれにされてしまうことの方が怖かったそうです。国という大きな視点で見たら、敗戦ほど辛いことは無いのですが、個人の視点からすると、戦争の勝ち負けなんかよりもずっと、目に見える範囲で仲間がいるかどうかの方が大きな関心事になるのです。

 

とは言え、無理に社会に引きずり出せば自然と何とかなるという単純なものでもないので、親しい人から少しずつ働きかけをして行き、焦って何とかしようとせず、他人とのつながりを自然と染み渡らせていくというのは、一番現実的な答えだと思いました。店長やさくらは言われなくてもその感覚が分かっていたので、智さんや梨利は幸せでした。自分は一人だという認識は苦しみの原因になる一方で、苦境を乗り切る時には「みんな頑張っている」「自分だけが苦しいのではない」という公平感こそ、一番の助けになるものです。

 

 

最後に。読み終わった直後には、すごい作品を読んだという感慨に包まれていたのですが、あとあと振り返ることアレ?と思うことも多く、とても難しい、しかし気になって仕方がなくなる物語でした。物語の渦中にいる間はもっと色々感想を抱いたはずなのだけれど、冷静に振り返るとうまく言葉にならず、名状し難いあの感じは何だったのだろうとも思いました。しかし、良い感想を持つにしろ悪い感想をもつにしろ、ともかく物語と取っ組み合って格闘する感覚を味わえる、勢いに溢れた良い作品だと思いました。