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カニグズバーグ『クローディアの秘密』

 

クローディアの秘密 (岩波少年文庫 (050))

クローディアの秘密 (岩波少年文庫 (050))

 

 

家出したクローディアとジェイミーの姉弟が、メトロポリタン美術館をねぐらにし、美術館をはじめとするニューヨークの都会を舞台に様々な冒険を繰り広げ、成長していく物語です。

 

とても健康的で、楽しい物語でした。主人公の2人は家出をしましたが、暗い家庭の事情があったりする訳ではなく、退屈な日常に飽き飽きし、冒険を求めて航海に出るような、そういう積極的で前向きな理由による家出でした。姉のクローディアは、家出を言い始めた張本人であり、空想的で色んな計画を立てるのが得意な女の子です。弟のジェイミーは姉に連れられて何となく冒険に乗り出しましたが、お金の管理が得意なしっかり者です。姉弟どちらも、個性がハッキリしていて、頭が良くて聡明です。

 

クローディアは、メトロポリタン美術館に住むという、大胆不敵なことを考えます。荒唐無稽なようですが、計画は緻密に立てられていて、警備員の大人をまんまと出し抜いて、2人は美術館の住人となります。物語を書くにあたり、カニグズバーグメトロポリタン美術館について綿密な調査を行っていたらしく、一つ一つの出来事がしっかりと説明されていて、納得が出来るようになっています。まさか、本当にそんなことは出来ないだろうと思いつつも、ひょっとしたら出来てしまうかもしれないような、現実との繋がりが地続きで見えるところが面白かったです。夜の美術館は怖そうな気もしますが、不思議な夢が見られそうで、いっぺんやってみたくなるような冒険だと思いました。

 

ただ、個人的には、クローディアとジェイミーの成長が早すぎて、ついていけないと感じることがありました。この姉弟は、あまり失敗をしないのですよね。クローディアの計画はほぼ完璧で、家出からメトロポリタン美術館をねぐらにするまで、大人につかまることなくしっかりとやりおおせます。軽いしくじり程度のことはありますが、2人はその度に新しいことを学んで成長していきます。例えば、2人で協力して行動していく中で、チームで働いていくことの要領を学んで行ったり、美術館の資料を勉強しようとする中で、広く深くではなく対象を絞って研究することの大事さを学んだり、学校の子供たちの団体に紛れ込むことで、集団の中に溶け込みつつも、自分を見失わずにつかず離れずの関係を築いていくことを学んだりします。言葉でそれとハッキリ意識する訳ではありませんが、経験することによって、大人になっていくために必要なことを2人は自然と吸収していきます。これが、健全なことではあるのですが、ちょっと怖いなと思いました。2人があまりにも聡明過ぎて、それと比べての自分の情けなさを突き付けられるようで、どうも居心地の悪さを感じてしまうのです。こんなに簡単に、人間は成長出来るものだったのか。これぐらいのことは、葛藤なしに素直に吸収していけることだったのか。成長に伴う痛みや困難があまり感じられなくて、冒険が、大人になるためのカリキュラムを坦々とこなしていくための作業になってしまったようで、半分寂しい気持ちもありました。

 

しかし、カニグズバーグの分身と思われる語り手がヌッと顔を出し始めるところから、様子が変わって来て、違った面白さがでてきました。物語の後半、クローディアはミケランジェロに関する世紀の発見をしたと喜ぶのですが、さすがにそこまで上手くいくことはなく、初めての挫折を感じて、家出の終わりを悟り始めます。そして、家に帰る前に、ミケランジェロに関する手がかりをもう少し知ってから、ということで訪れたのが語り手の家です。語り手のおばあさんは、頭の良い2人の子供を大変に気に入り、2人の目線に立って真剣に議論をします。ここでの対話の中で出てくるのが、「秘密」をもつということについての、おばあさんの独特の考えです。他人と違った存在になろうとするクローディアに対して、おばあさんはこう言います。

 

クローディアは冒険がほしいのではないわね。お風呂や快適なことがすきでは、冒険むきではありませんよ。クローディアに必要な冒険は、秘密よ。秘密は安全だし、人をちがったものにするには大いに役だつのですよ。人の内側で力をもつわけね。

 

正直なところ、あまりピンと来る内容ではありませんでした。秘密が内側で力を持つとはどういうことだろう。クローディアのような、外向的で利発な子どもに向けたメッセージなのだろうか。秘密をもっていることで、他人に対して自信を持てるということだろうか。秘密はあればあるほど良いのだろうか、持ちすぎているのは良くないのだろうか。このカニグズバーグなりの表現を、消化出来ているかどうかは自信がないのですが、読者に対しても謎をかけてくるようで、深い深い意味がありそうで、面白い考えだなと思いました。

 

あまり賛否両論も無さそうなことは子供たちに自然と学ばせる一方で、作者自身の独特の表現が現れる所では、言葉でもってとっくりと語り合う。ためらいなくスピーディーに成長させていく所と、立ち止まってじっくり話し合い、読者自身にも問を投げかけるような所との使い分けが明瞭で、テンポも良かったし、何年か経った後にまた読み返してみたくなるような疑問も残ったので、色んな体験を駆け足でいっぺんに味わったような充実感がありました。

 

物語の終わりに、メトロポリタン美術館の守衛により、クローディアとジェイミーが残していったバイオリンケースとトランペットケースが発見された所で、涙を誘われました。私はどうも、人が誰もいなくなった後に寂しく残されたモノに、とりわけ強い哀惜を感じてしまうようです。小さな2人が一生懸命運び込んだバイオリンケースとトランペットケースは、冒険の始まりから終わりまでを記録したアルバムのようで、ああ、2人の冒険は楽しかったなあと、最後に、かけがえの無い思い出を懐かしむような気持ちになれました。