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ロアルド・ダール『マチルダは小さな大天才』

 

マチルダは小さな大天才 (ロアルド・ダールコレクション 16)

マチルダは小さな大天才 (ロアルド・ダールコレクション 16)

  • 作者: ロアルドダール,クェンティンブレイク,Roald Dahl,Quentin Blake,宮下嶺夫
  • 出版社/メーカー: 評論社
  • 発売日: 2005/10
  • メディア: 単行本
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マチルダという天才的な頭脳をもつ女の子が、理不尽で意地悪な大人たちを相手に、家庭に学校にと大活躍する物語です。ページにすると300ページぐらいあり、長さは結構あるのですが、面白くてスラスラ読めてしまう物語でした。1章1章がテンポ良く進んで行くし、挿絵も多くて楽しいので、とても読みやすかったです。

 

とにかく荒唐無稽で、笑えました。校長先生なんか、理不尽で暴力的で性格が悪くて、良い所がなにもない憎たらしい悪役なのですが、やることなすこと余りにも荒唐無稽過ぎて、むしろ笑えるのです。気に入らないことがあるとすぐに子供に手を出すのですが、元ハンマー投げのオリンピック選手だからと言って、子供を2階の窓から放り投げてしまうとか、女の子のおさげ髪を掴んでハンマー投げよろしく空の彼方へ投げ飛ばしてしまうなんてのは、正気の沙汰ではありません。子供を罵る時に出てくる言葉も酷く、良くもまあこんなに悪態の語彙があるものだと感心するぐらい、悪態がポンポン出てきます。「おまえは歩く黴菌製造工場だ!」「おろかな雑草め!」「頭の空っぽなハムスターめ!」「ばかな接着剤のかたまりめ!」「くさい汚水だめめ!」「破れかけた水ぶくれめ!」「踏みつぶされた砂糖大根め!」等々……。啖呵の切り方がもう、口の悪い長屋の熊公八公とおんなじなのです。ここまで来ると、次にこの校長が何を言い出すか、何をやりだすかが楽しみになって来るぐらいです。マチルダの両親もひどいものですが、校長の登場で一気に霞んでしまいました。一方、そうした悪い大人たちに対するマチルダの復讐も、オヤジの頭を過酸化水素漬けにして禿させたりと、まあ無茶苦茶です。こっちもこっちで、次にマチルダがどんな復讐に出るのかと楽しみになります。つまり、万事、クレイジーなのです。マチルダの天才度合にしろ、両親や校長の頭のおかしさにしろ、まるでコミックのように誇張して表現されていて、意表を突かれることもしばしばで、ずっと笑える物語でした。

 

とは言え、誇張されているとばかりも言えない所もあります。両親はマチルダに対する親権をもっており、小さなマチルダの生殺与奪を握っています。校長は学校内での最高権力者であり、しかも元オリンピック選手という強靭な肉体を持っていて、暴力も備えています。戯画化されて笑いになってはいるものの、権力によって他人を支配すること、暴力によって人を服従させること、人格否定、言論の抑圧、子供へのネグレクトなど、本質的には現実に行われている非人道的な悪事と何ら変わることはありません。子供たちはまだしも、ミス・ハニーは叔母である校長トランチブルにより、人生までも支配されてしまっています。

 

校長も両親も、狂気に満ちたことを喚いている頭の悪い人間に見えますが、悪知恵はしっかり働いています。子供たちに対して滅茶苦茶な暴力をふるいつつ、「あまりに無茶すぎるから、子供が何をいっても親は信用しないだろう」という計算があった上で、校長は暴力を振るっています。マチルダの父親のやっている詐欺まがいの商売は、一見愚かな子供騙しのように見えますが、詐欺が発覚した時のためにスペインへの逃亡手段を予め準備しておくなど、子供騙しであることを自覚しつつ計画性をもって行われています。こういう所は、誇張でもユーモアでも何でもなく、現実の悪人像と重なります。

 

子供たちはまだ、希望が持てると思います。圧制を敷く校長トランチブルに対して、その後に待ち受ける暴力に怯えつつも、何人かの子供たちは面と向かって意見することが出来ます。ホルテンシアのように、積極的に反撃に出る子供もいます。大健啖家たるボッグトロッターに至っては、つまみ食いに対する罰として、巨大なチョコレートケーキを独りで完食せよという無茶な課題を与えられるものの、これを見事に達成し、大衆の前でトランチブルをやり込めるという英雄的な行為を遂げたりします。自由を奪われつつも、トランチブルへ阿る子供はほとんどなく、学校の子供たちは反トランチブルで団結が出来ているのです。この点、暴君のもとで唯々諾々と従わざるを得ない民衆のような暗さや無力感はありません。

 

しかし、権力と暴力を備えた大人に対して、子供たちが出来ることは限られています。マチルダがどんなに頭が良かったとしても、結局はゲリラ的にこっそりと報復を加えることしか出来ない訳ですし、校長は犯人の目当てを付けるのが上手く、目当てを付けられなくても怪しい子供に罪をかぶせてしまうので、ささやかな報復に対して何倍も激しい制裁が加えられてしまいます。校長の授業中、口で言い負かすことは出来ても、結局は暴力で全て口を封じられてしまうので、それ以上は成す術がありません。

 

悪人を倒す武器となったのは、超能力でした。口で言い負かそうが何しようが、良心も理性もないトランチブルは、都合の悪いことは全て暴力で解決してしまいます。まともな手段ではどうにもならないので、マチルダには聖なる力が与えられます。ミス・ハニーの受けた仕打ちに対する復讐は、授業中、大勢の子供たちが見ている中で敢行されました。劇場型復讐です。かつてトランチブルが殺めたミス・ハニーの父親の幽霊が、黒板にトランチブルに対する警告の文句を書き綴るという趣向は、マチルダの頭脳で立てられたものです。しかし、トランチブルを心底から恐怖に陥れるためには、チョークが宙に浮いて文字を書き始めるという、超常現象を目の前で見せつける必要がありました。愚かな人間に対しては、こういう超常現象の力が有効なようです。

 

そしてもう一つ、悪人を倒す武器になったのが、司法の力です。ミス・ハニーはマチルダの頭脳と超能力によって救われましたが、マチルダ自身を救ったのは法律でした。両親がスペインへ逃亡していったことで、残されたマチルダは両親から解放されましたが、これは犯罪が発覚し、警察が動いてくれたからこそ可能になったことです。超能力だけでなく、より強い権力、すなわち国家の法律も、悪人の弱点の一つなのです。個人的には、ここは結構重要なポイントなのではないかと思いました。普通の子供たちは、マチルダのような天才的頭脳も超能力も持っていないため、現実にはマチルダのような復讐は出来ません。しかし、法律は、ちゃんと知っていれば戦う手段にすることが出来ます。マチルダの活躍に快哉を叫ぶだけでなく、現実的に我々が出来ることもあるのだということも、この物語から学び取っても良いのではないかと思いました。