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大岡昇平『俘虜記』

 

俘虜記 (新潮文庫)

俘虜記 (新潮文庫)

 

 

太平洋戦争中、 南方の戦線で俘虜になった日本兵たちの、収容所での生活を描いた作品です。

 

「捉まるまで」を読み、ここまで精密に自己の心理を分析するのかと驚きました。隊から離れて一人になった作者は、米兵を殺せるチャンスがあったにも関わらず殺さなかったのですが、その出来事について、自分はなぜこのような行動をとったのかという省察を行います。自分の心というのは自分でも分からないものなので、自らの行動を説明しようとしても、必ずしも明確な答えがあるとは限りません。だからこそ、答えを曖昧のままにしておいて、適当な所で納得出来れば良さそうにも思えるのですが、作者は妥協をしないのです。自分がなぜそうしたのかを考え、自らの考えを徹底的に批判し、自問自答し、論理的に鍛えていって、真理に辿り着こうと努力をします。そこから導き出された答えについては、分かったような分からないような、今一つ腑に落ちない感じはしましたし、作者自身、その人の人間性と、異常事態における突発的な行動との間に連続性を認めないとする立場なので、作者自身にも正確かどうかは分からないのだと思います。ただ、自分の心を見つめるという、答えが無いからこそ曖昧さも許される行為の中で、ここまで精密に考えようとするその姿勢から、大いに学ぶ所がありました。

  

俘虜たちの社会は特殊な社会です。自由は少ないけれど安全で、働いても豊かになりませんが、働かなくても貧しくなりません。俘虜たちは目標を持つことも出来ず、目の前の安全に愛国心も溶かされ、ほんの僅かの後ろめたさを除いては道徳も失われて行き、いかにズルをするか、いかに物を盗むかという事ばかりを考えて生活しています。環境により、人間はこうも醜くなるものなのだということが、嫌というほど語られます。我々が暮らしている社会と何が違うのかと言われると、それ程変わりはないように思えますが、怠惰に暇を持て余している分、こういう醜さばかりが際立って見えてしまうという事なのでしょう。仕事があれば、中年男は仕事の中で英雄に見えることもありますが、それがない状況だと、中年男がいかに狡猾で醜いだけの存在なのかが分かります。

 

俘虜生活の記録は、珍しいこともあり、変わったこともあり、読んでいて興味深く面白かったです。ただ、この作品の、客観的な分析に徹しているかのような文章が、どうしても好きになれなかったです。作者は、情緒を突き放し、自分自身さえもまるで他人事のように描写することで、客観的に書かれた記録のような体裁をとってこの作品を書いています。この人の事を作者は嫌いだろうなと思われる人について書く時にも、その人にとって良くないエピソードを記述する一方で、バランスをとるように良いエピソードを付記することで、公平さを保っているように見せています。

 

それでもやはり、作者の好悪は表れています。嫌いな人物について書くときは、客観的に観察の結果を記述しているように見えて、実は戯画化し、饒舌にその醜態を白日の下に晒しています。冷笑的に突き放すような書き方をすることもあります。一方で、好きな人物について書くときは、あまり多くを語りません。これだけ冷笑的な姿勢でいると、好意を前面に出したりすることは出来ないし、作者の厳しく論理的な批判精神をもってしては、誰かを褒めたりすることにも無理があるので、多くを語らないことで好意を明らかにしているように思えます。客観的な記録のようであっても、筆致には作者の感情が滲み出ています。

 

主観を排除することなど不可能なので、好悪が滲み出ていることそれ自体は何も問題はありません。ただ、一般的な問題を指摘しているように見せて、その実は具体的な人物の具体的な行為を遠回し遠回しで皮肉っているというやり方が、引っかかってしまうのです。作者自身、あとがきで風刺が目的であると書いているので、皮肉るのは目的通りと言えばそうなのですが、これを痛快と思えるかどうか。人間の心理や思惑を暴いていった結果、善や悪と言ったものが空虚になってしまい、収容所ではそんなものが通用しなくなってしまう、というのは仕方が無いと思います。また、収容所という環境にあっては、みな変わっていかざるを得ない、だから平時の判断基準をもって批判したりすることも出来ないというのも分かります。しかし、客観的に観察の記録を綴っているような装いをしておいて、その中にこっそり私怨や自己弁護を紛れ込ませるというのは、ちょっと苦手です。それならば、ストレートに好悪を表明して、嫌いな人間はもっと戯画化しても良いのではないかと思うし、虚無に陥ってしまうよりかは、嘘が混じっていると自覚しつつも、何かしら大義名分をもって、これは良い、これは悪いという判断が主観的になされている方が、私は好きです。

 

p382にはこんなやり取りがあります。

或る夜乾葡萄から密造した酒で中隊本部で内輪の酒宴を開いた時、私は彼にお世辞をいった。

「とにかく俺は班長とは芸者買いには行かないね。班長ばかりもてて、俺達はどうせ三枚目を振られるにきまってるんだ」

彼が比島決戦の回想録を書き始めた頃、夜私が中隊事務室で作業割を書き終えて一服していると、彼がすっと入って来て机の前へ坐った。

「大岡さん、一緒に芸者買いに行きましょうか」

彼が私にいわせたいことはわかってる。

「いやなこった。どうせ三枚目を振られるにきまってるんだ」

 

p434ではこんなやり取りがあります。

「どうだい。日本人を君はどう思う」

「或る日本人は善く、或る日本人は悪い」

と四十がらみの混血児らしい運転手はいった。マニラ、バタンガスの惨虐を知っている彼等が、こういってくれたのを私は感謝している。

「君達は全部善い」

と御世辞をいって別れた。

 

この辺りを読んだ時、ちょっと意外な感じがしました。作者は「阿諛者」をかなり嫌っているようですが、作者自身にも阿諛の言葉があります。この作品の中では、作者は語り手として出来事を観察している立場にあり、作者自身の発言がこのように描かれることは少ないのですが、少ない中でもこのような追従の言葉が出てきます。僅かに現れた言葉、しかも自分自身で書いた記録の中にでさえ、このような言葉があるのですから、阿諛者を嫌いつつも、実際の所は作者自身も結構上手いこと渡り歩いていたのではないかと思います。通訳という立場で特権を享受したり、シナリオや春本を書いて儲けたりしている器用な所からも、そのような印象を受けました。

 

俘虜になった人間は、何故俘虜になったかを余り語りたがらないと言います。そして、語るにしても、降伏したと言うのは恥ずかしいので「捕まった」ということにしたがるようです。嘘をついている人間ほど、捕まった時の状況を饒舌に、事細かく語ろうとするのだとか。作者はこの事を、帰国後しばらくしてからの俘虜の発言で悟ったと言います。これは一般的な問題のように語られていますが、そうすると作者自身についてはどうなるのでしょうか。「捉まるまで」という一編には、作者が病のためやむなく隊から離れたこと、米兵を殺そうとしたが殺さなかったこと、倒れている所を捉まって捕虜になったことなど、俘虜になるまでの経緯がこと細かく書かれています。実際がどうであったかは、もはや誰にも分かりませんが、この作品はフィクションであるという前提は、やはり念頭に置いておく必要があると思いました。