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シャーリイ・ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』

 

ずっとお城で暮らしてる (創元推理文庫)

ずっとお城で暮らしてる (創元推理文庫)

 

 

大きな古い屋敷で暮らす、コンスタンスとメアリの姉妹の生活を描いた物語です。この屋敷ではかつて、毒殺事件がありました。家族は死に、生き残ったのはコンスタンスとメアリ、そしてジュリアンおじさんの3人だけでした。村人たちは屋敷の住人を白眼視し、3人は屋敷に閉じこもって人目を忍んで暮らしています。世の中から隔絶された環境の中、主人公のメリキャットことメアリは、誰にも邪魔されない、姉妹だけの幸せな暮らしを守ろうとしています。

 

今まで感じたことがなかったような、不思議な感覚になる物語でした。物語を読んでいる間ずっと、怖いような悲しいような、捉えどころのない感覚が続いていました。謎の多い物語なのですが、一応、最後まで読み通せば、過去に何があって現在どういう状況なのかはわかります。恐ろしい結末を迎えるのでないかという予感をさせながらも、終わり方は案外穏やかでした。しかし、この物語を語っている主人公のメリキャットが、内面世界を強固にもっている少女なので、外の世界にいる人間からすると、語られている言葉に何か引っかかるものを感じるのです。メリキャットの語っていることは本当に正しいのか、何か重大なことを隠しているのではないのだろうか。メリキャットの言葉以外にこの世界を知る縁はないので、物語の中で何が起こっているのか、分かっているようで分からないまま進んでゆき、それがとても不安でした。

 

メリキャットはなぜ家族を毒殺したのでしょうか。おしおきを受けた腹いせに、何か仕返しをしようと思ってやったにしては、毒殺というのは余りに重すぎます。頑是ない当時のメリキャットが、事の重大さを理解せずにやってしまったのか、もしくはそうせざるを得ない理由があったのか。18歳という年齢にはそぐわないような言動もあり、メリキャットの時間は事件以来止まっているように見えるのですが、そうかと言って後悔している様子も見えず、嫌いな村人の死を空想したりする所からすると、まだまだ毒殺し足りないのではないかという感じさえあります。

 

ジュリアンおじさんも不思議です。ジュリアンおじさんの記憶は、家族が沢山いて賑やかだった頃のまま止まっていて、繰り言のように往時の話を続けるのですが、未曾有の毒殺事件の当事者になれて光栄だと語っていたり、客人には嬉しそうに事件の事を喋るなど、まるで事件のことを名誉に感じているような節があります。そのため、必ずしも事件を悲しんでいるようにも見えず、何か倒錯しているような印象を受けます。

 

どうも、語られていない何かがあるのではないかという気がするのです。

 

屋敷の住人と村人との関係は異様です。小さいメリキャット一人を相手に、大のおとなが寄ってたかって嫌味を言ってくるのですから、村人たちの憎悪は相当なものです。毒殺事件から6年間経ったあとでさえこうなのですから、事件の当時はより激しく憎しみがぶつけられていたことでしょう。コンスタンスは捕えられ、ジュリアンおじさんは病院へ運ばれ、残されたのはメリキャットひとりでした。孤児院のメリキャットは、無事では済まされなかったと思います。

 

メリキャットは、「ジュリアンおじさんにもっと優しくすれば良かった」という言葉を何度も繰り返します。これだけ繰り返すということは、それまでが余程優しくなかったということでしょう。もともとメリキャットは、コンスタンス以外の家族を全員殺そうとしていました。唯一生き残ってしまったジュリアンおじさんを、メリキャットはどのように見ていたのでしょうか。不思議なことに、3人しかいない屋敷なのに、メリキャットとジュリアンおじさんの交流は全くありませんでした。

 

ジュリアンおじさんは、おかしくなっているようですが、それでいて、時には絶妙なタイミングで鋭いことを言ったりします。脈絡のないことを言っているようで、会話が成り立っている時もあります。対チャールズ戦では、容赦なくチャールズをこき下ろすので、頼もしい味方でもありました。メリキャットは既に死んでいるとジュリアンおじさんは言いましたが、この時チャールズがドキッとしたように、ただの戯言を言っているだけとも思えません。

 

コンスタンスは事件のショックから少しずつ前に進もうとしています。しかし、メリキャットとジュリアンおじさんはそれを許しません。他ならぬコンスタンス自身が、2人をそのようにしたからです。幽霊のように、コンスタンスの後ろ髪を引くメリキャットとジュリアンおじさん……それでも、チャールズの魔手からコンスタンスを守ったのもこの2人でした。チャールズは、毒殺しても良かったのに、と思います。

 

毒殺事件の記憶は、正面から受け止めるにはあまりにも重い記憶だったのだと思います。

 

稀に見る毒殺事件のあと、残された広大な屋敷と財産、誰にも頼らずに生きていくと決めた2人の姉妹。たまに訪れてくる両親の旧友の他は、付き合いもなく、家から出られないコニーとジュリアンおじさんに代わって、小さなメリキャットは一人で村へ出かけてゆきます。村では、大人たちから屈辱的な仕打ちを受け、子供たちからは囃し立てられ、人知れず村人の死を願いながら、生活のための用事を済ませなければなりません。それでも、屋敷に帰れば大好きなコニーが居て、2人だけの楽しい生活が待っている。メリキャットにとっての居場所は、コニーのいる屋敷だけでした。

 

抱えきれない苦しい記憶は、その人の頭の中を支配し、その人の人生を支配します。延々と同じことが頭の中を巡り、目の前の物事に集中出来なくなります。それでも、外に向かっていかなければならない時、人は感覚を遮断し、内面世界を堅く築き上げることで、身を守ろうとします。外から来る刺激を頑としてはねつけ、身の回りで起こっていること、世界の全てを内面世界の解釈に委ねるのです。

 

メリキャットとジュリアンおじさんは、過去の時間に留まっているというよりかは、新しい時間と戦っていたのだと思います。周りからはおかしな目で見られていましたが、ジュリアンおじさんは事件の記録をとるという自分の仕事を着々と進めていっていましたし、チャールズが悪人であることもちゃんと見抜いていました。メリキャットも、小さい頃から6年間もの間、ひとり村人たちの嫌がらせを受け続けていたのですから、「月の上」という現状の解釈や、気持ちを落ち着かせるために自分で取り決めた儀式、これがある内は大丈夫というお守りなど、自分を保つために必要なことをやっていただけだったのだと思います。狂気とか被害妄想とか言うのはあまりにも残酷な気がして、こうしなければ生きていけなかったのだという悲しさ、しかし決して理解されることは無いだろうという寂しさが、この物語を読み終わった後に強く印象に残りました。