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生活には笑いが必要

日記

有給消化期間はまだまだ続いており、しばらく世の中の流れと無縁に過ごしておりましたが、気が付けば夏も終わり、9月になりました。と言っても、生活に取り立てて変化はなく、夏競馬の終わりで夏の終わりを実感するぐらいなもので、相変わらず読書三昧の日々を過ごしています。

 

『蠅の王』を読んでいます。坂口安吾『白痴』から森絵都『DIVE!!』への落差もかなり戸惑いましたが、『DIVE!!』から『蠅の王』への転身もまた堪えました。『蠅の王』は、無人島に流された子供たちの集団生活を描いた物語なのですが、冒険小説のような明るさはありません。始めは協力して生活していた子供たちが、権力争いをするようになり、分裂し、果ては殺し合うようになるという陰惨な話です。そこに出てくる人間の類型や、人間関係の崩壊の仕方にすごくリアリティがあり、読みながら、この子はあの人、この子はあの人と、登場人物に近い知人の顔が浮かんできて、もし無人島の無法地帯に取り残されたら、この人達はこういう風になってしまうのだろうなというのが想像出来て恐ろしかったです。

 

希望の少ない無人島生活の中で、子供たちの支えになっていたのは笑いでした。やっぱり、笑いは無いと生きていけないのですよね。今まで自分の周りにあまりにも笑いが少なかったことを反省して、最近は何とか笑うきっかけを探しております。それで、この間ひさびさにアメトークを観ました。昔、今よりもっと孤独で寂しかった頃には良く見ていたのですけれど、しばらく観ていなかったので、懐かしく思いました。でも、内容は相変わらずで、昔とあまり変わっていないですね。

 

画面を通して、賑やかで楽しい笑い声が伝わってきます。お馴染みの芸人がいて、お馴染みの笑いのパターンがあって……。寂しくて仕方が無かった時にはこれも救いになっていましたが、今となってはもう鼻白みました。確かに面白いことは面白いですが、イジりとか揚げ足取りとかは見ていて気分が悪いですし、そもそも全体的な空気や話題からして、内輪のノリや楽屋話ばかりでウンザリしました。この雰囲気にどっぷりと浸かっていれば楽しいのでしょうが、一歩下がって見てみると、これほど下らないことも無い。また、下らないだけならまだしも、危険なものも感じる訳です。

 

笑いは生きていく上で必要なものですが、そのパワーは強すぎるゆえに諸刃の剣でもあり、人を活かす活人剣にもなる一方、人を殺す殺人剣にもなりえます。プロの芸人ならば弁えもあるでしょうが、素人には諸刃の剣は使いこなせません。テレビを観ていて嫌になるのは、こういうのを真似したがる素人が頭に浮かんできてしまうからです。だいたい、笑いの種など、普通に生活しているだけでも十分すぎるぐらい転がっていると思うのですよ。転がっているものを拾って、生活の合間合間に笑いが出来ればいい。それなのに、下手な素人は、自然発生的な笑いではなく自ら笑いを作ろうとします。作ろうとすると、そこには演技や嘘が入る訳ですから、もはや純粋な笑いではなくなり、人気取りや権力闘争が絡んできます。素人の考えつくことなど、どうせ悪口か下ネタに行きつくに決まっていますから、自己顕示欲がイジメやハラスメントにつながるのにそう時間はかかりません。でも、影響力の強いテレビでそういうことをされていると、「ノリ」や「イジり」というのが詰まらない素人の口実にされてしまうのです。

 

『蠅の王』には、ピギーという太った男の子が出てきて、みんなの笑い者にされています。子供ってこういうものだよなと思いつつも、やはり心は痛みます。でも、これは分別のつかない子供の間だから起こることではなく、大人の中にだって当たり前のようにあるというのが悲しい事実です。こういう類の笑いに触れるのは精神衛生上良くない……もっと、朗らかな笑いに触れなければ。

 

朗笑を求めて、落語の世界へ向かいました。上野広小路亭に初めて入ってみたのですが、中は思っていたよりこじんまりとしていました。芸人と客との距離が近く、一座のみんなが空気を共にする様は、まるで江戸時代の寄席のよう。お年寄りや子供が多く、噺家の話し方もゆっくりしていて、休日の広小路の喧騒をよそにここだけのんびりとした時間が流れていました。他の人との距離が近すぎるのが嫌で、長くは居られませんでしたが、ひとしきり笑ったあと、これぐらいの笑いが丁度良いのだと思いました。