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罪の意識

先日、最終出社日を迎えました。全体への挨拶は済ませていたので、チームのメンバーひとりひとりに挨拶をして、会社を後にしました。外に出た瞬間、この会社にとって自分はもはや他人なのだなと思うと、喪失感がこみ上げてきました。

 

会社について、本当に色々と思う所があったのですが、お別れの挨拶をしてきたら、何だか全てがどうでも良くなった気がしました。皆、気の良い人たちばかりでしたよ。おかげ様で、気持ちよく別れることが出来ました。退職を決めた時には、喧嘩別れも辞さないつもりでいましたけれど、全くそんなことにはならず、それどころか、私などに気を遣って下さる方が沢山いました。本当に、私が一人で、勝手に妄想を繰り広げていただけでした。

 

私が組織を辞める時はいつもこんな感じです。人間関係を上手く築くことが出来ず、疎外感を感じ、自分は嫌われていると恐怖を覚え、苦悩を重ねた末、もう辞めるしかないと腹を決めるのですが、そんなに深刻に考えていること自体が他人にとっては青天の霹靂みたいなもので、多くの人が「なぜ?」「どうして?」「勿体ない」と驚くのでした。疎まれながら辞めていくというのは余りなくて、むしろ目をかけてくれる人がいる場合が多かったのですが、私の方で、組織に入って最初の頃に感じた疎外感をずっと引きずってしまい、周りとの間に壁を作り、被害妄想によって積もり積もった怨念に疲れ果て辞めることが殆どでした。

 

大学の研究室にいた頃のことも思い出します。研究室に入った当初、私は自主ゼミを企画し、参加者を集めるために同期の人達に声をかけました。しかし、手当たり次第に当たってみたにも関わらず、あらゆる人から邪険に断られ、参加者が集まらずに企画を断念せざるを得ませんでした。今思えば、話しを切り出すタイミングとか、企画への誘い方とか、話し方とか、コミュニケーションの一から十まで全てがヘタで、不器用過ぎるあまり逆に反感を買ってしまうようなやり方だったのが原因だと思います。不器用さが愛されるというタイプでもないですからね。しかし、その時の私からしたら、せっかく同期で一緒に何かをやる機会を作ろうとしているのに何故こんなに冷たいのか、ほぼ初対面なのに何故こんなに無下に扱われなければならないのかという、他人から自分に加えられた理不尽に映ってしまったのです。だから、同期の人達には非常に憤慨して、こんな人たちと関わろうとした自分がバカだった、二度と関わるものかと決め、以後研究室の人間は全て敵だと思って卒業まで過ごしたのでした。最初の印象こそ悪かったものの、私は勉強の方はとても真面目で、普通は2つ取れば十分な演習を4つも取っていましたし、一つ一つかなり時間をかけて練った発表をしたので、周りからの見方も変わり、そのうち声をかけられるようにもなりました。しかし、私にとって見ると、今さら何を話すことがあるだろうという気持ちでしたし、むしろそれまでの無礼を無かったことにして交流を求めて来ようとする態度が忌々しく、心を閉ざして周りを頑なに拒むことしか出来ませんでした。

 

自分で書いてみても、本当に取るに足りない、詰まらない事で悩んでいるなと思います。そんな小さな事で、と言う人がいるのも不思議ではありません。しかし、私にとっては深刻な事でした。失敗の中で学んだことも沢山あるので、その失敗を次の機会に活かしていければ良かったのですが、得たもの以上にダメージの方が大きく、失敗を重ねるごとに人が怖くなっていき、まともにコミュニケーションをとることが出来なくなっていました。快活にしようと思っても顔が引きつるし、会話をしようと思っても目を合わせられない。その違和感が自然と相手にも伝わり、互いに近づこうにも近づけなくなってしまい、気づいたら気まずい関係になってしまうのです。それでも、時間をかけていく内に徐々に徐々に親しくなって行ければ良いのですが、そういう風にして親しくなれた経験が私に無いものですから、最初の違和感でもう何もかもダメだという気になり、相手を敵対視するようになってしまうのでした。その後はもう、相手の悪い面しか見えてこなくなり、限界まで不満を溜め込むことになるのです。

 

新卒で入る会社というのは、それまでの学校の延長線上のような気がしますね。私が入った所は50人ぐらい採用があったので、1~2クラスぐらいの規模がありました。賑やかで、皆楽しくやっているように見えましたが、同世代と仲良くやることが今まで一度も出来ず、同世代に恐怖を感じる私にとっては地獄の環境でした。苦手どころか神経症の症状すら出てしまうので、交流を図ることはとても出来ず、その中に居ても身を守ることで精一杯でした。とは言え、そういう態度をとっている人間に対して攻撃的な輩もいるので、結局身を守ることも出来なかったのですけどね。進むも地獄、退くも地獄でした。今にして思えば、これだけ強いアレルギーを持っているのだから、普通の人が歩むのとは違った道を模索すれば良かったのですが、新卒で入る会社というのは、同じスタートラインに立って一緒に成長していく仲間が出来る最後のチャンスだと思っていたので、懲りずに期待をもって入ったのでした。本心では学校が好きでしたし、同期と仲良くしたり談笑したりする生活に憧れていたのです。しかし、私にはそういう世界はレベルが高すぎて、最後まで人並みの経験をすることは出来ませんでした。

 

かつて、対人恐怖症についての専門書を読んだことがあります。私のパーソナリティが唯一無二のものかと言えばそうではなく、やはり世の中に同じような困難を抱えた人がおり、この本にはそういう症例が沢山書かれていました。著者の精神科医の方は、医師は患者から学ぶ姿勢を持つべきだという信念を持つ非常に謙虚な方で、患者たちは常に涙ぐましい努力をしていると好意的に書いています。しかし、一方で、その努力の結果として「恥知らず」になっている事も多いと書いています。ここで言う「恥知らず」というのは、例えば、コミュニケーションに苦手意識を持っている人が、苦手であるがゆえに何か話をしなきゃと思うあまり、常識的には黙っているべき所でも出しゃばって話をしてしまうとか、そういう状態を指しています。言われてみればその通りで、私も思い当たる節があります。自分は他人よりアウェイを経験している数が多い分、度胸はあるだろうと思っていたこともありましたが、そういうことではなく、ただの「恥知らず」になっているだけなのですよね。返す言葉もありません。様々な試行錯誤をして社会への適応を試みてきましたが、悉く失敗して、むしろ努力すればするほど裏目に出ていたという事です。その結果、無様な失敗を繰り返しても一向に懲りない、学習も出来ない「恥知らず」が出来上がってしまうのです。

 

詮ずる所、当人が苦手と思っている以上に、苦手ということなのでしょう。普通の人が当たり前のようにやっているので、努力すれば何とか自分にも出来るのではないかと思ってしまうのですが、これが間違いのもとなのだと思います。頑張ってはみるものの上手く出来ず、挑戦しては失敗するというのを繰り返し、気が付いたら、失敗のトラウマに心が耐えられなくなり、過去の呪縛から逃れられなくなってしまっているのです。

 

私は今ではもう、自己実現とか、自分のやりたいこととかをあまり考えなくなりました。「何をしたいか」より、「何が出来るか」で考えるようになりました。普通の人が、義務教育の頃からコツコツ積み重ねていくはずのものが自分には全くないので、社会生活に急に適応しようと思っても無理が出てくるのですよね。とても、自己実現などと言っていられる場合ではありません。今までは、人工的に身につけた技術で何とか騙し騙し働いてきましたが、今このタイミングで無かったとしても、遅かれ早かれ破綻していたと思います。惜しい所までは来ていたので、気の合う友人とか、尊敬する先輩とか、そういう人が少なくとも一人でも居たら違っていただろうな……とは思いますが、それはもう、夢ですね。最近新しくチームに入った人が、私のことを買ってくれて、退職のことを告げると「もっと早く知り合っていたら」と惜しんでくれました。しかし、時既に遅し、でした。これも、縁というものなのでしょう。所詮、私には許されない世界だったのかなと思っています。

 

当面は、社会への適応を第一に考え、地道に暮らしていこうと思っています。根性論で解決出来ないことは分かっているので、あまり作為をせず、自然に委ねていこうと思っています。普通に生活して来た人とは根本的に違いますし、自分には不可能だとまでは思いませんが、急には適応出来ないことは確かですからね。やりたいことよりも、自分が出来ること・求められていることに応えていくことで、無理なく社会と関わっていきたいと思っています。そうして、関わった人たちに迷惑をかけたり嫌な気持ちにさせたりせず、今までの人生の贖罪が出来たらなと思っています。