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血統と運命

日記

会社を退職するにあたり、様々なことを考えました。生来、内省的な性格で、考え始めるとどこまでも考えてしまうので、会社のことを考えて思い悩んでいる内に、気付いたら数時間、いつの間にか経ってしまっていることも良くありました。もっと違う未来もあったのではないかという後悔もある一方、他にしようが無かったのだという諦めもあり、同僚を懐かしむ気持ちもあれば、もう顔も見たくないのだという憎しみもあり、自分の心ほど分かっているようで分からないものはないもので、毎日違った感情が溢れて来て、中には相反する感情が同居することもあって、ここ最近、どういう気持ちで過ごせば良いのか分からず戸惑ってばかりでした。とにかく気持ちの変化が大きいので、本当に疲労困憊しています。

 

何故こうなってしまったのかと言うと、理屈で全て説明できるようなことでは無いのですが、やはり人間関係が一番大きかったと思います。健全な人間関係が築けていたとしたら、今は全く違う気持ちで働いていたのだろうと思っています。辞めて良かったのだと思う気持ちもあるので、絆しが無いのは却って良いことだとも考えられるのですが、一方で心のどこかでは続けたかったという気持ちもあるので、何故もう少し上手くやれなかったのかという後悔も燻っています。こういう事は、私にとって決して一度や二度では無いのですよね。私は自閉症の傾向があるため、頑固で空気が読めず、気付いたら人間関係が修復不可能な状態になっていることが多いです。今までも、もっと頑張りたかったにも関わらず、地獄の人間関係に疲れ果て、組織を辞めざるを得なかったことが何度もありました。

 

アスペルガー症候群には天才が多いとか、歴史上の偉人の中に該当者が多いとかいう話を良く聞きますが、あまり真に受けない方が良いと思っています。一時期、自閉症や対人恐怖症、精神医学の本を読み漁っていたことがありまして、その時にハンス・アスペルガーの論文も読んだのですが、アスペルガー症候群と呼ばれる子供たちはほぼ全てイジメにあっています。才能とかそういう問題以前に、まず10代の多感な時期を無事に終えることが出来ないのです。環境や運に恵まれていなければ、まともな社会活動を営むことすら危ういので、そこを飛び越えて、現実味の薄い天才達との共通点を数えようとするのは、メリットよりもデメリットが大き過ぎると思うのです。

 

自閉症がなぜ病気扱いなのかというと、孤立してしまうからです。孤立というのは生きる上で致命的な弱点になってしまうので、個性ではなく病気とみなさざるを得ないのです。私は、なんとか自分のやりたいことの出来る仕事につくことが出来ましたが、結局ダメでした。今回も、ダメでした。人間関係の構築に失敗すると、他のことがいくら出来ようとも、全てが台無しになってしまいます。失敗したという自覚はあるのですが、どうすれば良かったのかは私の頭では分からないですし、分かったとしても果たして自分にそれが出来たかどうかは自信がありません。仕事の能力については、適性の問題として、その人の限界を超えることは出来なくても仕方ないとされる場合がありますが、人間関係についてはどうも自己責任になることが多いようです。しかし、これも能力の一つなので、出来ない人にとってはどうやっても出来なくて、努力をしていない訳でもなく、意地や我儘を通そうとする気も全くなく、ただただ能力的に出来ないのです。せめて、自分に問題があるのか、ただ水が合わないだけなのか、その程度の事でも分かれば良いのですが、それも分からず、水の合わない場所で無駄な努力を続けてしまうことも度々あります。

 

子は親を選ぶことは出来ません。子は、親から肉体や財産を授けられる一方で、負の遺産も同時に継承します。競馬をやっていると血統というものを非常に強く意識させられるので、私も自分自身の能力や性格を顧みて、これは父の血の影響だとか、これは母の要素だとか、あるいは母父の血によるものだとか考えてみたりすることがあります。私は自分の父と、まともにコミュニケーションが取れたことがありません。父は明らかに自閉症の気配がしており、この父の血が濃厚に自分に受け継がれているのを感じます。この呪いの強さを、今まで人生の至る所で思い知らされました。自分が自分であるが故に「出来ない」、その感覚にぶつかる度に、絶望したり悔し涙を流したりしていました。

 

私はミホノブルボンという馬が好きです。優秀な血統を持たず、セールで安く売られていた非エリートの馬なのですが、調教師の戸山為夫氏によるハード調教によって鍛えられ、ダービー馬となりました。生涯にGIを3つも勝ち、JRAのヒーロー列伝というポスターにも取り上げられましたが、ついた異名が「スパルタの風」。名馬として産まれて来たのではなく、戸山師による調教の成果として「作られた名馬」だったため、このように呼ばれていたのです。しかしながら、自身は歴史的な名馬であったにも関わらず、人工的に作られた名馬であるがゆえに、ミホノブルボンの産駒は殆ど走りませんでした。優秀な血を持っていた訳ではなかったので、その偉業は一代限りでついえてしまい、子孫を繁栄させることは出来なかったのです。競馬というものはデータのスポーツでもあるので、残酷なほどハッキリと、数字に優劣が現れます。他の良血馬たちに全く歯が立たないブルボンの子供を見るにつけ、血の力の恐ろしさを感じさせられます。今ではもう、ミホノブルボンの血は残っていません。

 

2005年、三冠馬ディープインパクトの登場により競馬ブームが起こりましたが、その頃、福岡の中学二年生がイジメを苦にして自殺する事件がありました。この中学生の子は競馬が好きで、遺書には「生まれ変わったらディープインパクトの子供になりたい」と書かれていたそうです。強い血統に生まれていれば、こんな風にイジメられて苦しむことも、自分で自分の命を絶つようなこともなかったと直観していたのでしょう。自分の血を呪いながら死んでいくというのは、どれほどやるせなく、絶望的だったことでしょうか。この言葉を聞いたご両親も、たまらなかったことと思います。

 

2016年のクラシックレースでは、皐月賞日本ダービーともに上位3頭全てがディープインパクト産駒でした。これが、良血馬の強さです。ディープインパクトの子供になりたいという中学生の願いは、いみじくも的確な狙いだったのでした。勿論例外はあるとは言え、良い血統に産まれるということは、それだけで強くなれると半ば保証されているようなものです。ミホノブルボンのように、血統という圧倒的な力を前にして、個が華を咲かせることがあります。あるいは、農民から天下人にまで上り詰めた秀吉のような例も歴史にあります。何れも一瞬の徒花に終わってしまうものですが、エリートを倒したということがたまらなく痛快であり、血統の力を持たない人間にとっては大きな夢を見させてくれる偉大な事業だと思います。しかし、これはあくまでも、極一部の異才が時代や運に恵まれた結果、出来ることです。倣おうと思って倣えることではありません。普通は、巨大な血統の力に直面せざるを得ず、その力と向き合っていかなければならないのだと思います。

 

人として世の中に生まれてきて、大きな夢を持ったり、理想をもったりすることは良いことだと思います。しかし、壮大なものや立派なものだけが目標ではなく、もっと小さな、自己の身体を流れる血の呪いに打ち克つということも、生涯かけて取り組むべき、人生の目標になるのではないかと思っています。私は、大きな目標を持ち過ぎていたようです。他の人が聞いて、果たしてそれが大きいと思うかどうかは別として、自分の運命に照らし合わせると大きすぎる目標でした。血統は、何十年も何百年もかけて、膨大な数の人々の営みによって築き上げられたものです。父と母の後ろには、倍・倍と増えていく樹形図が無辺際に広がっていて、個人はその途方もない重みを背負って生きていかなければなりません。個人の意志に、果たしてどれほどの意味があるのだろう? 私はまず、自分の運命を自覚することから始めなければと思っています。そして、自分が受け継いできた血を絶やさないため、淘汰されてしまわないために、如何に社会と関わっていくべきなのかを考えなければいけないと思っています。