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柚木麻子『本屋さんのダイアナ』

読書

 

 

本屋さんのダイアナ

本屋さんのダイアナ

 

 

 

ダイアナと彩子という2人の少女が主人公の物語です。日本人離れした名前を付けられたダイアナは、キラキラネームとかDQNネームとか呼ばれる現代の問題を背負って生きています。母子家庭で育ち、母親はあまり教育に関心がありません。一方の彩子は、裕福で健全な家庭に育ったお嬢様然とした少女です。一見対称的な世界に生きる2人ですが、本が好きという共通点から意気投合し親友となります。物語は、ダイアナの視点と彩子の視点を行き来しながら進められ、小学生の頃から大人になるまで、互いにすれ違ってしまったり運命に翻弄されたりしながらも、2人がそれぞれ成長していく様が描かれます。

 

彩子とダイアナが仲良くなる小学生の頃が、読んでいて一番楽しい所でした。ここで描かれるのは、本が好きな子同士が出会い、仲良くなって一緒に成長していく姿です。彩子とダイアナの周りには本の話が出来る同級生が殆どなく、2人は無二の親友になっていきます。好きな本の名前を出して、それが小学生には似つかわしくないような難しい本だったりするのですが、ませた2人はどちらも分かっており、その本について2人だけが理解出来る符丁のように仲睦まじく語り合います。賢い子にとっては、周りの子が品が無く詰まらない人間のように見えることがあり、それが歪んだ感情を産んだり、孤独を招いたりすることもあります。しかし、同じ思いを持つ友人がいたとしたら、こんなにも強く共鳴し合えるものなのだということが、2人の姿を見ていると分かります。読んでいて、とても微笑ましく、とても羨ましいなと思いました。この時の彩子とダイアナの蜜月は、その後の人生に大きな影響を持つ大切な時間となるのでした。

 

高校へ進学して進路が変わると、すれ違いが始まり心理的な距離も広がってゆきます。自身の名前のことや母親のことなど、ダイアナは早くから立ち向かうべき様々な困難を抱えていましたが、実直に問題に向き合い、一つ一つ解決して大人になってゆきます。一方の彩子は、表向き順風満帆な生活を送っていましたが、内面では嫉妬や焦り・劣等感など青春時代の毒気に当てられて参っていました。その結果、大学進学後に道を誤り、悪漢に暴行を受け、その後の貴重な数年間を自分らしくない生き方に費やしてしまいます。

 

彩子に落ち度があったとすれば、自分の身を自分で守ることが出来なかった事でしょうか。良い家庭に産まれて愛されて育ち、才色兼備で人望も厚い彩子は、悪意ある他人の存在を知ることなく成長してしまいました。そのために、いざそういう相手が現れた時に自分の身を守る術を知らず、正面から立ち向かうことが出来ませんでした。人生の幸不幸などは比較することは出来ない問題だと思いますが、この物語の中に限って言えば、彩子の方が不幸に見えます。両親が大切に大切に育てた事が、彩子にとっては却って仇になったのでしょうか。

 

その人の生涯に何が起きるのかは、多くは運命の決めることだと思っています。どんな教育を受けていようが、起きる不幸は起きてしまうものです。彩子は不幸に見舞われた時に、そんなことは無かった、あれは暴行では無かったと自分に言い聞かせ、偽りの人生を歩んでいきました。偽りの人生が全く無駄だったかと言えばそうでは無いのかも知れませんが、いずれは去らなければいけない世界であることは確かです。しかし、渦中にいる間は、それが正しいのだと強いて思い込もうとしてしまうのです。私は彩子のような家庭でも無ければ才色兼備でも無いですが、この感覚は強烈に心に響きました。今抱えている苦しみもいつか意味を帯びてくるのだという分別が働けば良いのですが、それが出来ないと、往々にして人は自分を傷つけたり現実逃避に向かって行ってしまいます。これだけは教えて欲しかった、と大人に対して思うこともあります。しかし、結局は己の力で解決して行かなければならないということも分かります。だから、彩子の人生が訴えかけて来るものや、この物語が語る「私の呪いを解けるのは、私だけ」と言うメッセージは、とても重いものだと感じました。幸いに、物語の終わりには彩子は本来の自分を取り戻し、ダイアナとの心理的な再会を果たします。後味は悪いものの、ホッとする物語でした。