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徹夜明けの雑感

会社での徹夜明け、朝の通勤ラッシュの中を帰宅して来ました。こうなることは分かっていて、いつもいつも徹夜なのだから、もっと頭を使って欲しいのだけれど、現状維持が染みついてしまっていてどうにもなりません。徹夜しても能率が落ちるだけだし、事前に分かっているのならいくらでもやり様はあるはずなのに、いつも無策です。徹夜になると分かっているから、計画的に休む人も出て来ます。プログラマの資質として「楽をするための努力を惜しまない」ことが大事だと良く言われますが、これは本当にそうで、やらなくても良い労働はやらないに越したことは無いのです。ところが、長時間労働に慣れてしまった人は、考えなくても身体を使えば良いという、ある意味楽な方向に思考パターンが固まってしまい、中には体力主義の人(というより、自分は体力があるのだと誇示したくてそこに全力を投入している人)もいて、徹夜で働くことに充実感を得てしまっていたりします。それでも、それが仕事の成果に繋がるのなら良いのですが、実際はそうでもなくて、社内政治の駆け引きのためとか、社内でのメンツのためとか、気にしている方向はそっちだったりします。

 

私が見て来た範囲ですが、要領の良さで出世した人というのは、危ないですね。目先のことに対する学習能力は高く、こだわりが無いので何でもかんでも吸収できる柔軟性を持っているのですが、一方で単純なノウハウを暗記する以上のことは苦手で、何故そうなのかを根本的に考えることが出来ません。自分の分析を得意げに語ってドヤ顔をすることは良くありますが、ここまでは自分でも分かる・ここから先はわからないの判断が出来ないので、謙虚さが無く、世の中のことを何でもかんでも分かったようなフリをして、何かとケチを付けたがるし、褒めるにしても何故かいつも上から目線です。見ていて、いつも嫌な感じがします。

 

日曜日に東中野で『さとにきたらええやん』というドキュメンタリー映画を観てきました。大阪西成の、居場所のない子供たちのための「こどもの里」を取材したドキュメンタリーで、子供の貧困問題と向き合わせてくれる作品です。映画の内容自体はとても良くて、上映中何度か涙してしまったのですが、感想を書こうとするとなかなか難しいですね……。子供たちは良い子ばかりだし、「こどもの里」もとても良い場所として撮られているのですが、それだけだと「貧しいけれど人情があって良かった」というだけで終わってしまい、貧困を娯楽として消費するだけで終わってしまいそうで。もうちょっと、別の何かを感じたと思うのですが、それを咀嚼し切れないでいます。

 

散歩中、選挙ポスターが目に留まったので、眺めてみましたが、「支持政党なし」という党があるのですね。支持政党がない人の受け皿になることを目指していて、政策は一切なく、ネット投票で決めるのだとか。ポリシーが無くて、政治が出来るのだろうか? 物事を進めるためには、やはり大局観や将来のビジョンがあったうえで、一つ一つの課題に取り組んでいくことが必要だと思うのですが、そういう軸なしにネット投票で判断を決めることで、何が起こるのだろう。