読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

色川武大『うらおもて人生録』

読書

 

 

うらおもて人生録 (新潮文庫)

うらおもて人生録 (新潮文庫)

 

 

色川武大というのは、元博打打ちの異色の作家です。世間的には、『麻雀放浪記』を書いた阿佐田哲也という名前の方が有名かもしれません。この作家は、学校もろくに出てなく、若い頃にはギャンブルを稼ぎに暗黒社会で生きて来た人です。しかし、全く人種の違う人かと言えば意外にそうではなく、生きて来た世界は別であっても、精神性の部分では共感の持てる部分がとても多かったです。色川はとても劣等感の強い人であり、子供の頃に感じた劣等感にまつわる述懐を読んだりすると、ちょっと他人とは思えないような気もしました。
 
『うらおもて人生録』は、若い読者を対象として、人生や勝負事の要諦を説いた本です。内容はとても厳しいものであり、人生観や世界観を揺さぶってくる本です。自分の核になる部分に触れるものというと、普通は受け入れ難さを感じてしまうものなのですが、この本にはあまり抵抗を感じませんでした。色川の語り口がとても優しく、ちょっと耳を傾けて受け入れてみようという気になってしまうのがこの本の良い所です。
 
独特で、面白い考え方が沢山書かれています。中でも特に印象に残ったのが、「9勝6敗を目標にせよ」という考え方です。9勝6敗という数字は、色川が博打打ちとして、またフリーランスとして生きて来た実感から来る数字です。人は往々にして15勝0敗を目標にしてしまうものですが、世の中には沢山の人間がいて、各自が勝つ事を目標にして生きています。その中で、勝ち続けることは難しいし、時には協力し助け合いながらでなければ生きていかれないので、特定の誰かが連戦連勝ということはまず不可能です。だから、9勝6敗あたりを目標にすべき、と言うのです。
 
若い内は15勝0敗という戦い方も出来るかもしれません。しかし、それは一時的なもので、そういう戦い方をしていると何かのきっかけで0勝15敗に転じてしまいます。0勝15敗というのは致命的な負けになってしまうので、これは避けなければいけません。致命的な負けを犯すことなく、持続的・長期的にやっていくためには、勝ちすぎずに五分五分以上の所で勝ち越さなければいけないのですが、そのバランスの丁度よい所が9勝6敗という数字なのです。
 
勝ち負けというと、勝負事に限った話に聞こえますが、これは人生のあらゆる物事に当てはめることが出来ます。卑近な例で言いますと、他人にものを頼んだり頼まれたりする場合です。他人に何かをしてもらった時は1勝、他人に何かをしてあげた時は1敗、とします。連戦連勝ということは、一方的に他人に何かをしてもらい続けることなので、勝負事と同様にそれも長続きするはずがありません。9勝6敗というのは、互いに助けたり、助けられたりでなければ生きていかれない、ということも意味しています。
 
人は勝ったり負けたりを繰り返して生きていくものですが、これは、ひとりひとりの人間だけでなく、文明や国家のレベルにも当てはめられるでしょう。歴史を振り返れば、古代には中国やエジプトが強力な文明をもって周辺の国々を従えていました。ところが、近代になると今まで暗黒時代を過ごしていたヨーロッパの文明が台頭し、世界を従えるようになりました。日本という国の中でも同じことが当てはまります。太平洋戦争での敗戦という「負け」を経験した後、続いて高度経済成長という「勝ち」を経て、今度はまた「負け」の時代に向かっていっています。アメリカが強い・日本が強い、そういう時代が終わり、次の時代へと移り変わっていくのは、世の中の摂理と言っても過言ではないと思います。
 
9勝6敗くらいがベストという現状認識をした上で、 色川は「自分から負けを作る」という考え方をします。これが、とても面白い考え方なのです。勝ったり負けたりが世の中の摂理である以上、勝ち続けることは不可能です。であれば、負ける時に致命的な負けをしないように、自分から負けを作ってしまうのが良い、と色川は言うのです。
 
例えば、仕事をする中で意見が対立する場合を考えます。自分の意見が通った時は、勝ったことになり、自分に白星が付きます。その後にどうするかと言うと、今までと同じように自分の意見を主張するのではなく、次は敢えて誰かの意見に従うことで、黒星を付けることを考えるのです。こうすることで、勝ち負けのバランスがちょうど良くなり、「勝っている」という印象を持たれづらくなるのです。いつもアイツの言うことばかり通っている、では嫌われますし、巡り巡って肝心な時に足を引っ張られてしまうかもしれません。自分の意見を通した後に必ず他人の意見に従うようにしておけば、周りと上手く調和しながらやっていけるということです。
 
この考えは、完璧主義のタイプにはすごく良いクスリになると思いました。完璧主義者は何事にも勝ちを目指してしまうのですが、全ての物事を完璧にすることは不可能です。ある程度の範囲までは出来るかもしれませんが、どこかで必ず破綻します。これはもう仕方の無いことなのですが、完璧主義者にとっては耐え難いことであり、負けた時の反動の大きさで精神的に参ってしまいます。だから、あらかじめどこかで負けはあるものだと考えておくのはとても健全なのです。15戦0敗が完璧なのではなく、9勝6敗という、負けも含んだ結果を完璧な所として目標にすれば、バランス良くやっていけるのではと思います。自分は特に完璧主義的な傾向が強いので、この考え方を学んでから色々な面で楽になりました。
 
このような考えは、色川以外にも、様々な人の言葉から汲み取ることが出来ます。孫子の兵法には「勝敗は兵家の常」という言葉があり、何事も勝ったり負けたりがあるのが常なのだと説かれています。平家物語は盛者必滅を語っていますし、武田信玄は勝ち過ぎることを戒め、十のうち六の勝ちに留めておくことを信条としていました。過去に色々な人が、色々な角度で、色々な表現で語ってきたことですが、色川武大の特徴は、やはり博打の言葉・博打の考え方で語っていることでしょう。だから、ギャンブルをやったことがあり、確率やら回収率やら運気の流れについてアレコレと考えたことのある人ならば、頭に入ってきやすいと思います。